
掲載日:2019.02.25
2018年度イタリア研修報告 バローロ編 その2
大学院 酪農学研究科 博士課程1年 髙橋 宗一郎
前回に引き続き、バローロ地域のワイナリー訪問の報告をしていきたい。
バローロで訪問した4軒のワイナリーの内、大御所と言っていいのがBorgogno(ボルゴーニョ)だろう。1761年創業で、世界的にも名が知れたワイナリーだ。ここではツアーのような形で、醸造設備やセラーを見学させてもらった。
バローロといえば大樽での熟成が従来の手法であったが、今では一般的な大きさの樽を使用する作り手も多い。しかしBorgognoでは昔と変わらず、バローロづくりには、スロヴェニアの大樽を使用している。さらに近年、発酵をステンレスタンクから、伝統的なセメントタンクに移行した。これは、セメントタンクの方がより温度管理がしやすいからだという。かつて主流だったセメントタンクに立ち返っただけでなく、栽培方法を有機農法に転換したり、市販酵母の使用をやめ、野生酵母での自然発酵に切り替えたりと、伝統を守りながらも挑戦を続けているように思った。
この日の夜は、アグリツーリズモ(ファームステイ)をしている農家での滞在だった。周り一帯は畑以外何もない。到着して夕飯のことを尋ねると「今日は、いつも料理をするママがいないから難しい」と、そこの娘さんに言われてしまった。だが交渉すると「私たちが食べるもので良ければ……」と、彼女とそのおばあちゃんが食べる夕食のお裾分けをもらえることになった。「大したものじゃないって言いながら、きっとすごい量出てきますよ」という淳子さんの言葉どおり、ハム、チーズ、オムレツにパスタ……と、食べきれない家庭料理が並んだ。こうしたことにイタリアらしさや、何とも言えないあたたかさを感じたのだった。
翌日の午前に訪問したCascina Roera(カッシーナ ロエラ)はバローロ村に位置しているわけではないが、この地域の自然派ワイナリーを訪問したいという思いがあったため、アポを取ってもらった。我々を快く迎え入れてくれたのがClaudio(クラウディオ)だった。付き合いの長い日本人がいるらしく、本当に友好的に、丁寧に接してくれた人物だった。
まず畑に案内してくれた彼は、収穫が間近に迫ったブドウを一粒取った。「種までしっかりと茶色く熟していないとダメなんだ」と言い、未熟さが残るブドウと熟したブドウの種を比べて見せてくれた。ブドウの収穫時期は、ワインづくりにとって重要な要因であり、大きな決断となる。種の状態も、それを見極める重要なサインなのだ。彼らの畑でも緑肥が行われており、ハーブや豆類がブドウと共生している。畑には若い苗木も植えられており、台木になっているのは購入した野生品種で、そこに育てたい品種が接ぎ木されていた。ブドウ苗の台木は、フィロキセラ(ブドウに付着して枯死させるアブラムシの一種)対策として用いられることが一般的だが、土壌中の成分の吸収や根付きといった点から、野生種を台木にするメリットは大きいという。
発酵、醸造に関しては、Pied de Cuve(ピエ・ド・クヴェ 仏語)という手法を取り入れている。Cascina Roeraでは、本格的な収穫の1週間前にブドウを一部収穫し、除梗して潰し、2日間撹拌させながら発酵させる。こうすることで、ブドウに元々付着していた酵母が増え、本発酵に向けたスターターとして使用されるのである。自然な発酵を待つ方法と、市販酵母を添加する方法の中間にある手法と言える。Claudioは「若く酸があるブドウの方が、好ましくないバクテリアが増えない」と、Pied de Cuveに用いるブドウについても、ポイントがあることを教えてくれた。私たちが訪問したときは、白ブドウの収穫が数日前に終わり、Pied de Cuveがちょうど準備されている時期だった。訪問してきたワイナリーの中で、この手法で醸造する所は多くあったが、実際に見ることが出来たのは初めてで、本当に幸運だったと思う。発酵が起こっている“パチパチ”という音と共に、まだフレッシュなブドウらしい爽やかな香りが感じられた。
ここでも見学の後にいくつかのワインを試飲させてもらった。CIAPIN 2016はアルネイス50%、シャルドネ25% コルテーゼ25%という割合でつくられた白ワインで、ドライだが口当たりがとても柔らかで驚いた。何より美味しかったのは、Claudioが持たせてくれた赤ワインだった。収穫で忙しい時期に訪問を受け入れてくれただけで有難いのだが、彼は帰り際に一本の赤ワインをプレゼントしてくれたのだ。それがこのCascina Roeraで一番良いグレードのワイン、CARDIN SELEZIONE 2011だった。樹齢65年の樹から収穫されたバルベーラ、ネッビオーロを選別し、それぞれ70%、30%の割合で果皮と共に70日間の発酵、マセラシオン。アルコール発酵とマロラクティック発酵は850Lの木樽で行い、3年の木樽熟成、18~24か月の瓶熟成。こうして生まれたワインは15.5度という高めのアルコール度数でありながら、ストラクチャーがしっかりしており、強いアルコール感をまったく感じさせない。心地よいタンニンと果実味が共存していて、飲み心地が良く、高い次元でバランスが取れていると感じた。ネッビオーロに比べ、大衆向けで安価というイメージが付きやすいバルベーラだが、栽培や熟成、醸造次第でこうしたクオリティになるのだから、本当にワインは面白いと思う。
バローロではなかったものの、こうした、小さいながらも確かな作り手と出会うことが出来たのは、他に代えがたい経験になったと思う。

Borgognoで使われているスロヴェニア産の大樽

Borgognoの屋上から見たバローロ村
(バローロ城とブドウ畑)

Cascina Roeraで私たちを歓迎してくれたClaudio

細長い形が特徴的なネッビオーロ種(Cascina Roeraにて)