
掲載日:2019.02.27
2018年度イタリア研修報告 バローロ編 その3
大学院 酪農学研究科 博士課程1年 髙橋 宗一郎
バローロ編の最後を締めるのはArmando Parusso(アルマンド パルッソ)だ。ここで長時間に渡って相手をしてくれたMarco Parusso(マルコ・パルッソ)も熱い作り手だった。
ここでも同じように、まずは畑を案内してくれた。整えられたブドウ畑は清潔感があり、美しい。「ネッビオーロは、1本のブドウ樹から1kgしか収穫しない」とMarcoは言う。つまり1本の樹から1本のワイン。1本の樹にどれだけの房を残して成熟させるかは、それぞれの作り手によって違う。一般的には収量を減らす(房を間引く)ほど、凝縮した濃厚なブドウになると言われており、天候に恵まれなかった年は、収量を減らしてブドウの質を確保するというワイナリーも多い。実際は栽培面積あたりどれだけのワインをつくるか(本/haやhL/ha)で表されることが多いが、Parussoの“1本の樹から1本のワイン”は、かなり収量を抑えていると言っていい。畑の環境に関しては、土地を肥やし、酸素に触れさせて柔らかくするためにブドウ以外の植物を植えており、肥沃な土地ではブドウの葉の緑が濃くなるという。10月にはそういった植物の種をまき、新しい畑には背が低い植物を植えるなど、条件を変えている。
Parussoの独自性は醸造の工程にある。まず、収穫したブドウは4~5日間“休ませる”。これは、陰干しして糖度を上げる、イタリア特有のパッシートとは違う。空調で空気の流れや温度、湿度をコントロールしながら、プロポリスのミストも取り入れながら、ブドウを休ませているのだ。「収穫したばかりのブドウはとても神経質になっている。それにトマトやバナナも、収穫後の追熟でさらに美味しくなる。ブドウも同じ」とMarcoは言った。そしてここでも彼は、酸素と触れることの重要性を指摘していた。収穫後はなるべく早くに醸造工程に進むというセオリーとは違う手法は驚きだったが、Marco曰く、70~80年ほど前はよく行われていたらしく、新しい方法ではないらしい。こうすることで、種や梗(こう。ブドウの粒がついている小さな枝、軸のこと。)が熟し、タンニンがより良い状態になるという。彼は「アルコール、揮発酸、酸度といった数値は同じでも、味は全然違う。ワインの新鮮さ、味わいに重要なのはタンニンだ」と語る。
休ませたブドウは全房を破砕して、培養酵母を加えず、8℃の低温で4~5日間マセラシオン(醸し)を行い、香りやタンニン、ルビーの色合いを抽出する。その後、温度を30~32℃に上げて、20時間ほど置きアルコール発酵を開始させる。この高い温度により、強い色合い、力強いタンニンを抽出する。そして、20~24℃にしてマセラシオンをした後、一番良いバローロは大樽、その他のワインはステンレスタンクでマロラクティック発酵をさせる。さらに特徴的なのは、樽熟成の工程で225Lの樽にワイン液だけでなく澱を入れて、定期的に撹拌して酸素と触れさせることだ。この時、澱はマンマ(母)、ワインは子どもで、澱がワインを育てる役割を担っていると語った。2年間の樽熟成の内、1年目の6か月目まではかなりの頻度で撹拌する。初めは大量にあった澱が、この工程を繰り返すことによって溶けて小さくなり、最終的には1/10以下の量になる。
「酸素に慣れてきたワインは長期熟成に耐えられるだけでなく、早い段階から楽しむことが出来る」とMarcoは言った。彼はこの、酸素に触れさせることをOssigenazione(オッシジェナツィオーネ)という言葉で表していた。これは、英語でOxygenationに当たる言葉であり、酸化(英; Oxidation, 伊; Ossidazione)とは異なる意味合いを持つ。日本語にすると酸素化、酸素供給という訳が見つかる。英語でOxygenationを調べると、血液に酸素を取り込む例文が見つかるが、Marcoが言うのも同じような意味合いなのだろう。むやみに酸素と触れさせることによる劣化ではなく、適度に酸素と触れさせる、慣れさせることが重要であるという考えが分かる。これまで生産者にたくさんのことを教えられてきたが、Marcoからは、ワインにとって酸素は“敵”ではないということを教わった。この訪問以降、酸素を嫌わず、上手く付き合っていく作り方をしている生産者の情報を目にするたびにParussoでの経験を思い出すのだった。
短いバローロの滞在が終わり、私は前年の留学先だったマルケ州に向かった。マルケ州在住の淳子さんとカルロの車に乗せてもらいながら、帰りの道中も車内ではワインの話題が絶えなかったように思う。様々な考え、手法の生産者と会い、彼らのつくるワインを飲んで、ワインの奥深さを体感した濃密な2日間だった。
私たちが訪問した9月上旬は、赤ワイン用ブドウを収穫する時期で、ブドウの成熟具合や天候に目を光らせなければならない、生産者にとっては落ち着かない時期だったはずだ。それにも関わらず、多くのワイナリーが見学を許可してくれたことは、とても有難いことで、嬉しいことだと思う。こうしてバローロで学んだことを、しっかり蓄え、生かしていきたいと思う。そして、このバローロ訪問を支えてくれた淳子さんとカルロにも、この場を借りてお礼を伝えたい。

畑を案内しながらブドウ栽培について熱く語るMarco

樽熟成中の撹拌工程を説明するために展示されている樽